2011年09月15日

ジャンルは全く違うが、
とあるものを測定し、差を0に近づける、
そういう作業をしたりプログラムを組んだりしてる。

ある程度、それらに知識のある顧客は、
様々な要因で0にならないことをわかっていて、
許容範囲というものに理解を示してくれる。
というのはある一定のラインからは測定誤差のほうが大きくなり、時間をかけたところで人件費の無駄になるからだ。

一方、予備知識のない顧客ほど執拗に0に拘る。
さらには、安い機械をつかう顧客ほど0を求める。

0の証明というのは、最高級の機械でしないと難しい。
しかも無いという証明は有るというものの証明より難しい。
等間隔にサンプリングしたところで、サンプリングした部分に無くても、その間にものがあったら0ではない。
最終的には全部精密に計測しても、ほぼ0かもしれない程度しか結果が出ない。

仕事の経験上も含めて、0にすることの難しさや0を証明する事の難しさを知っているから、
極端な放射脳ママの拘りかたが滑稽に見える。

放射線測定は確率論に近い。
そもそも半減期自体も確率な話だし。
サンプルは沢山あったほうが、より確からしさが増すし、
測定する時間も沢山あったほうがよい。

しかし、半減期は半分になる期間であって、倍の時間があってもそのさらに半分の1/4になるだけ、0にはならないわけで、核実験時代やチェルノブイリ事故の残留放射能もある。

0を証明しようと測れば測るほど、それら残留放射能が検出され、0でない値が出てしまうのである。
賢明な人は0.1Bqという値が出たら、それは誤差の範囲や過去の残留と割りきるのだが、
0への妄想にとりつかれている人は、自分の放射能対策が甘かったと、さらにエスカレートしだす。

0.1Bqの影響より、その精神的ストレスのほうが、健康に害があるレベル。

0に近づけることは出来ても、0にはならないんだよ。

養老先生のさかさま人間学:健康への害どのくらい? /東京 - 毎日jp(毎日新聞)
http://t.co/u8Bph1h



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