2017年04月21日

昨年の「保育園落ちた」に続き、「PTA無くなってしまえ」という匿名ブログ。

戦後、様々なアメリカの風習が日本に持ち込まれたわけだが。
それらが日本独自のスタイルになって、結局は軍国主義時代みたいな事になってる。

例えば部活動。
欧米の地域クラブを定着させるべく、学校の課外活動に持ち込んでみたが、生涯スポーツになるどころか、中高で燃え尽き、または辛い思いをしたせいで、大人になったらしないものになっている。
技術を磨くための大会も、もはや勝つためには手段を選ばず状態で、努力量と強さが比例するのは初心者の間だけなのに、中級者以上になっても量を重視した練習方法で、それが生徒を疲弊させている。
また、その練習方法が、まるで軍隊の軍事教練のようなやり方、精神論根性論で行われているのも問題。

例えばPTA。
地域コミュニティ形成や自主的なボランティア活動を目論んだのだが、ボランティアをよいことに自治体の経費削減のタダ働き要員にされ、役務が重くなっている。それゆえに役員がなかなか決まらず、輪番やくじ引きなど悪平等が蔓延っている。
そして女社会特有の、同じ苦労を味わわないのはズルい、みたいな空気で何事も改善することなく例年通りになってしまう。

そして、部活動にも通じるが、やはり大会の存在がPTAの仕事を重くしている。

親の大半が高卒以下で、教育設備も不十分ならば、ベルマーク集めて備品集めるとか、広報紙の大会で広報の見せ方を競いあう事で技術を高めるとか、コーラスやバレーボールで交流を深めるとか、勉強会ひらくとかは有用だったろう。
しかし、今は下手すると教師より偏差値高い保護者もいて、教師よりPCを使いこなしてプロ並みに広報紙を仕上げる人もいて、PTAサークルに入らずとも既存の地域サークルに入って交流をしている人がいて。

PTAが作られた時代とはまったく保護者のレベルが違うのに、作られた時代の効率悪い仕組みを使い続けている。
そこに歪みがある。

PTAの大会系交流会系はは役割を終えたとしてなくしても良いような気がする。



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