2017年09月06日

子供への体罰関係で、ネット論客では絶対に一切の体罰を認めない派と、原則体罰反対条件付き容認と、容認にだいたい分かれるわけで。

容認側と絶対反対派とでは、そもそもの育った環境が違うんではないかという。
容認側は体罰がある環境で生まれ育った者も多いのだが、そもそも言葉で注意して止めるレベルにない社会性、感情制御が出来ない人達が多い環境で過ごしていて、理想論が通用しない世界。
絶対反対派は上流階級や高学歴の言葉でコントロールがきく環境であったり、幸いにも言葉で制御できない人にあまり出会ってない世界。

当然、違う世界に居て持論展開になるから平行線だよね。

自分も基本的には体罰は反対。
本人は躾と言うが、単なる苛立ちの捌け口に躾の大義名分で感情をぶつけているだけ。
ただし、言葉で言っても通じない時に、逆の立場にしてどう感じるかと言うのはする。
というのは、幼児や小学生ってまだ語彙が少ないので、音として聞こえていても意味が理解できてない、重要度がわからないという場合がある。

多くの禁止事項は、命に関わったり、損害を受けたり、トラブルのもとになるから存在するということ。
禁止事項は意地悪で存在してるのではなく、逆に本人を守る為に存在してる事。
制止に速やかに応じない、何度も同じことを繰り返すというのは、相手を苛立たせる原因になること。

さて、ジャズは自由だというけれど、音楽だってルールがあり、客に聞いてもらうものならば尚更、客を不快にさせない空気を読む力が要る。

人との会話で、一人が独壇場で長々喋り続けたりすると煙たがられるし、同じのを必要以上に何度も言われたら苛つくし、さっき他の人と話してた内容を質問してきたら呆れるだろう。
音楽にも似たようなものがありまして、長すぎるソロは飽きますし、いくらいいフレーズでも何の変化もなく何度も繰り返されたら苛々しますし、他人のソロをまんま同じにやったら馬鹿扱いされます。

でも舞い上がってるとそういう事がわからなくなってます。
ですから、バンドマスターやリズム隊が相づち入れたり、長すぎる時は終わりを促すよう伴奏側の音量を上げてみたり、強制的に次のフレーズに進めたりします。

つまり座長が仕切ってトーク番組を進行する訳ですが、時々勘違い芸人や観客が暴走しますよね。
座長が何をしても暴走止めないときは、強制執行します。
ハリセンが出たり、スタッフが引きずり出したり。

育児でも言ってわからん時は、体張って止めなきゃならん時もあるし。

で。
頭殴るとか髪引っ張るとかビンタするとか、坊主にするとか、現在起きてる問題に対してベクトルが全く違う罰というのは、全く役にたちません。
そういう罰は反対。

逆の立場を体験(疑似)させるという罰が役に立つ。
おもいやりとは相手の立場に立って考える事だから。



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