2005年02月01日
源義経の物語で金売り吉次は義経を奥州に導く商人として登場する。
義経記に登場する人物で、空想上の人物ともされる。
奥州から馬や金を持ってきて、都の珍しいものを買っていく設定になっている。
義経記の吉次は空想上の人物かもしれないが、そのモデルになった人物または団体は存在していた。それは、都の一角に平泉第を構え、摂関家や上皇に献金を行なっていた。
いわゆる平泉の出張所として、奥州への干渉を最小限にするための政治工作拠点ともなったと考えられている。
では何故「吉次」という名前で登場するのか。
吾妻鏡では人の名前を省略して書く場合がある。安藤次郎某だと安藤次といった具合に省略される。また、漢字に拘りがないのか誤記なのか、別の漢字をあてて書く場合もある。
同じ、理屈で吉次を考えると、吉弥侯部次郎某、吉彦次郎某、橘次郎某の場合も考え得るのだ。
吉弥侯部、吉彦は奈良時代から東北に存在する氏族で、後三年役の発端は、清原氏の婚礼に砂金を持参した吉彦秀武が長い時間待たされたことに怒り、兵をあげた為であり、吉彦氏は最終的に清衡、義家側につき、金沢城兵糧攻めを進言し勝利に大いに貢献している。
その後奥州藤原氏の配下になったとて、何の不思議はない。
橘氏は、その前の前九年役に源頼義、清原連合軍側に兄弟で参加している。清原氏に安倍氏の女性が再嫁してることから、橘氏も安倍氏の女性を迎えた可能性は高い。その繋がりで奥州藤原氏の家臣になる可能性はありうる。
他に炭焼き藤太伝説(宮城県金成町)などもある。炭は製鉄に欠かせない材料で、金属民出身説だ。
北上山地には吉次の弟吉六の伝説まである。
義経記や小説の吉次は、損得で動く商人みたいな描き方をされるが、奥州藤原氏の家臣だとすると、常盤御前が再嫁先の親戚筋である陸奥守藤原基成に牛若丸の保護を頼み込み、奥州藤原氏の命を受けて迎えに派遣されたと考えると、吉次も気品あふれたキャラクターになるやもしれぬ。
