2007年04月09日

ワイワイマップ蝦夷俘囚地図にもポインティングしていますが、衣川の接待館遺跡周辺が北上川遊水地計画に沿えば堤防の下になる運命でしたが、柳之御所遺跡同様衣川の流れを一部変更して保存することに決まりました。
接待館遺跡保存のため堤防ルートを変更
リンク先PDFを見ていただければわかる通り、北上川の水位が上がると衣川は溢れ国道4号線は冠水します。
ここ以外に南北を結ぶ幹線は、東北自動車道と対岸の県道のみになり、現在建設中の堤防兼バイパスが完成するまで大雨時には前沢平泉インター⇔平泉は交通が分断されます。
柳之御所遺跡の北上川流路変更は異例だったのですが、今回も目と鼻の先で異例の変更がなされました。
遺跡保存と住民保護とゼネコンの仕事と。歴史に興味がない人は当初予算で済む遺跡の上に堤防が良いんでしょうけど。

接待館遺跡:
衣川を挟んで中尊寺の敷地の対岸に位置し、付近には六日市場遺跡、並木屋敷遺跡など、安倍氏〜奥州藤原氏時代の居館跡などが衣川北岸に集中する。
関道跡のすぐ近くにあることから、饗応のための建物があったのではないかといわれ、接待館と呼ばれている。

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